やはり他人は自分でなくて他人でしかないんだな

やはり他人は他人であって、自分はにとって自分は自分だけれどもやはり他人にとっては他人でしか無くて結局その人のことが分からないし、その人が見た自分の事だって分からないものだと思う。

 

ストレスが溜まったりウイルスだけでなく社会的な問題が沢山発生している。

 

女性差別及び男女平等、テレビで放送されたコメンテーターの失言から、SNSで炎上、コロナ禍の自粛要請によって様々な企業や団体の資金が枯渇していたり、仕事が減って生活難に置かれている人々、そして自殺者が出ている。

これについて触れるなんて今更だし、かと言って気付いた時に素通りするようじゃ何も変わらないし、色んなストレスの箱を積み重ねていってもしょうがないから受け止めるために角度を変えて自分の言葉を見直してちゃんと考えたい。

毎日見てしまうTwitterでは様々な不平不満を見かける。トレンドでは様々なニュースがリアルタイムで更新される。政治問題やテレビ番組、エンタメ全般。

その中で一部で盛り上がっている発言で心のない言葉を投げているものを見かける。

テレビで誰かが失言をした事によって、Twitterではいわゆるディスりが発生する。

勿論失言してしまった人は悪いかもしれないけれど、その時に反応する人たちの反応の仕方に疑問を抱く。

その失言が人を傷つけるような無神経な発言をしているものであれば、その言葉によって傷つく人の事を擁護する事だけを優先して失言者の欠陥部分を取り上げて上げ足を取ろうとするような事や、老害という言葉を持ち出す人。

生まれた環境や生活環境で人それぞれ違う感覚を持ってしまっているのは当然で、だからと言って「その考え方のままでいいですよ」と言うつもりは無くて、当然その失言者は生きている日本の人間である以上(沢山の人の目に触れる人であればなおさら)生きている環境、社会状況に考え方を合わせられるようにシフト出来て行かなければならないと思う。

しかし、やはり人って周囲から求められる考えを100%的確に発言できる訳が無くて、いざ失言したらこぞって叩きにかかるのは歳なんて関係なくその発言で害を与えているかもしれないという事を考えて欲しい。

 

正直人の事言えた人間じゃないんですけど。

少しでも自分と食い違った考え方を見かけると頭に血が上って気付いたらTwitterでディスり見たいなヘイトみたいな投稿してしまってるんですよね。的確な答えが瞬時に出来ないのはちょっとやはり問題ですよね。Twitterって誰が見てるのか分からないところだしそのTweetで更に不満を抱く人が出たらと考えると結局自分も同じことしちゃってるんだなって。

そういう不満やうっぷんを晴らすのが、Twitterなのかもしれないけれど、そう思っていない人がいるという事を考えるととても無神経な人間になっているんだろうな。

他人にはあれこれ言っておきながら自分の言っている事だけが正義みたいに周りから見たら自分はどうなってるんだろうって気づけないから難しいね。

色々と問題が浮き彫りになっていてそれらに感情が引っ張られてしまう中、思った事を発する手前、今自分の考え方と言葉の選び方が試されてるような気がする。自分に限ったことじゃないと思うけど。