最近の時事にサカナクション『エンドレス』を聴きたくなった。

今日本のロックバンドシーンの第一線で活躍し続けるエレクトリックを特徴に、オルタナティブロック、ニューウェイブやダンスミュージック、時代を感じさせるサウンドを現代的なサウンドに昇華新鮮な音楽の世界を作り上げて活発な音楽の発信を続けるロックバンド、サカナクションの2011年に発売された5枚目のアルバム『DocumentaLy』のリードナンバーである『エンドレス』という楽曲について語ろうと思う。

 

主に歌詞について。

 


サカナクション - エンドレス(MUSIC VIDEO)

 

 

 

”誰かを笑う人の後ろにもそれを笑う人

それをまた笑う人 悲しむ人

 

悲しくて泣く人の後ろにもそれを笑う人

それをまた笑う人 悲しむ人

 

AH 耳を塞いでいる僕がいる それなのになぜか声がする

見えない夜に色を付ける デジャブしてるな

 

AH 耳を塞いでいる僕は歩く それなのになぜか声がする

見えない夜に色をつける声は誰だ

 

誰かを笑う人の後ろから僕は何を想う?

それをまた笑う人 終わらせる人

 

悲しくて泣く人の後ろから僕は何を想う?

それをまた笑う人 終わらせる人

 

AH 耳を塞いでいる僕がいる それなのになぜか声がする

見えない夜に色をつける デジャブしてるな

 

AH 耳を塞いでいる僕は歩く それなのになぜか声がする

見えない夜に色をつける声は誰だ

 

後ろから僕は何て言おう? 後ろから僕は何て言われよう?

見えない世界に色をつける声は誰だ

 

AH この指で僕は僕を指すその度にきっと足がすくむ

見えない世界に色をつける声は僕だ”

 

 『エンドレス』=意味:終わりのない、永久に続くの意。

 

この言葉の通り、エンド(終わり)がレス(ない)がテーマの歌詞。

 

この言葉の意味を人間の感情に重ねて歌っているのが山口一郎っぽさを感じる。

 

生きてれば色々事件が起き、ニュースで見かける。

タレントの結婚や交際も不倫も。

薬物の所持だったり。

 

それにファンや視聴者は干渉し必然的にバッシングをする者がいれば、支持するものが現れる。

 

そしてそのバッシングの意見に対して抑制するように発端の事実を支持して持ち上げる人が出てくる。

そして続けてこの支持者たちをまるで「お前らはあいつの味方なのか! それでいいのか!」と言わんばかりにバッシング者生まれる。

そして同じように、「そんなことを言わなくてもいいじゃん」と否定的な意見を加えるものが生まれる。

 

そしてそれを俯瞰をするようなこの歌がある。

 

そしてそれに干渉し音楽性、歌詞、乗れるか乗れないと評価し、分析して楽しむものが現れる。

 

この楽曲を支持する意見をする人もいれば、逆もしかり。

その反応を見ればまたその感想によっては否定的な反応や共感し賛同するものが生まれる。

 

こう言い出したら切りが無い。

 

そう、切りが無いのだ。

 

最近凄い意識に敏感にさせるニュースが多くてふと思って今回の記事を書き出したのだが、深々と分析したのを説明するつもりはなく、ただ、この曲が歌う通り、気付いたら干渉することに連鎖する『エンドレス』の最中になっている人がたくさんいるなと思って、どれくらいそれを自覚しているのかなと思って、結局自分もその渦に入っているんだなーと最終的に自覚をする。

 

今のところ色々ツイートしてもRT、いいねで干渉してくる人も僅かフォロワー数が少なければ当然。

しかし、もしかしたら自分のツイートに対してRT、いいねをせずに見た人の中で何か感情を揺さぶれている人とかいて実は裏垢とかで呟いたり、内心何か言っていたりするんじゃないかなーとか思ったりする。まあ、自意識過剰なのかもしれないが、人間の思想だ。ありえなくもないだろうと想像できることを私は想像しているだけだ。

パターンなのだ。

こうして感動させられることも含め、時代的にもッそうやって進んでいっている気がするしそうなんだと思う。

抱いた感情を払拭するために何か行動し務める人もいるだろう。

そして後続してそういう『派』が生まれる。

その逆の『派』もしかり。

 

芸術も、伝統も、受け継ぐかそれをアレンジして自分のオリジナルにして繋げていくか。断ち切って全く新しいものを生むか。

 

まったく『エンドレス』で歌っている事とはズレているかもしれないが、これもきっと『エンドレス』なんだと思う。

 

きっと、好んだり、嫌ったりというパターンは、この世界はエンドレス的に続いていくだろう。

 

そして、そうして社会が作られていて、人類があって、感動が生まれるのかもしれない。

 

その中に自分がいる。当事者として。

 

”この指で僕は僕を指すだろう。

その度にきっと足がすくむ

見えない世界に色をつける声は僕だ”

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  あとがき

書きたくなった経緯をここでは説明しよう。

皆さんは恐らく2020年5月3日現在、件の自粛期間中の当事者にあると思う。

その発端である、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)というウイルス。

これが発生し、政府は自粛を要請した。

そのおかげで様々な催事が開催できず、自粛に言われるまま従うことになった。

もちろん、従わずに行えば感染リスクがあるから万が一のためにやった方が正しいと思う。音楽好きに被害者出ては困る。もちろん全人間そうだ。

そして、それに伴って、補償を求めるようにとネット、主にツイッターにてそのような声が政府に対し上がった。

それに対して政府の対応は明らかに反応が遅かったが、その声が上がる間、「じゃあ、そのお金がどこにあるんだ」とか対応できるわけがないだろ、それは間違っているという意見が見かけられた。

 

……なんやかんやあってまあ、現状一律10万円給付というのに至っている。

 

それでもそれだけでいいと思うなという意見が上がっている。もちろん、10万円で生活費が賄えるわけもなく、収入が無く、生活に困る人は出て来ているという。

 

上記のこの事態を始め、

 

誰だとは伏せるが、某ロックバンドのボーカルが某元アイドルの現YouTuberの女性と交際をしているという報道があり、それに喜ぶファンがいたが、一方、イメージを裏切られたとかで『ファンを辞める』という発言もあったという。それに対し「そんなのはファンじゃない」という声も上がったり、その意見「勝手に言わせておけ、ファンだけが残ればいい」という(私の)意見があったり。まあ、正直勝手ながら同士だと思っているが、そういう人たちが離れるのは悲しいなとは思うわけではありまして……。

 

だったり、

 

誰とは伏せるが某猿顔な芸人がパーソナリティを務めるラジオにてこの人権侵害的な発言をし叩かれる始末。それに対して後日謝罪をラジオ側も発言した本人もラジオにて発言をしたようだが、その芸人を某番組に出るなという風な事を言うものは止まず、一方謝ったのだから良いではないかという意見もある。

すぐに謝ったから良いじゃんという意見や、

失言してしまったから徹底的に撲滅してやると言わんばかりのものがある。

 

切りが無いのだ。

 

こうして否定と擁護がハンバーガー式に挟まっていく。

それに対してみていて自分は疲れてしまったり、20数年生きてこれまでにそういうことが無かったわけではないしこれまでもあるんだろうなという事も想定できる。

『何派』であるかによって上に乗っかってくる『何派』があって、きっと、ネットを介し世界が広くなってしまった限り、分かり合う事というのは出来ないんだろうなーと思う。

 

これは諦めなのかもしれない。

 

しかし、生きやすいところで僕は生きたいな。

 

その人生にどうゆう人生にするか、色をつけるのは僕だ。

 

AHHAHHHHHHHH

 

(てかあとがき本文より長くね?)

(別にいいじゃん)

(良くねえから言ってんだよ)

(そんなに怒ることないじゃん)

(別に怒ってねえよ)

(もうちょっと優しい言い方にしてよ)

(話逸らすなよ)

(じゃあ、その言い方やめてよ)

(別にいいじゃん)

(良くねえから言ってんだよ)

 

………………

…………

……